EPT
Expressive Photography Taxonomy.
写真の「見え方」や「感性の方向性」を軸にしたジャンル地図。
まだ名前のない写真たちに「語るための言葉」を与える試み。
かつて写真には思想があった。しかし現代の写真は、拡散されるばかりで記憶にも名前にも残らない。
「好きな写真家は誰?」と問われても、多くの人が答えに詰まる時代だ。
EPT (Expressive Photography Taxonomy) は、既存の分類とは異なり、写真の「見え方」や「感性の方向性」を軸に再構築されたジャンル体系である。
これは分類のためのタグではなく、自分の感性を掘り下げ、表現を読み解き、より深く楽しむための「共通言語」であり、「地図」である。
Neo-Form
構造美と静謐のフォーマット
都市や建築、人工物の「構造」を冷静に記録し、秩序や反復性を標本のように提示するアプローチ。
感情を排した静謐な画面の中に、物質の美や幾何学的なリズムを浮かび上がらせる。
STRAIGHT PHOTOGRAPHY → NEW TOPOGRAPHICS → DÜSSELDORF SCHOOL
20世紀初頭のストレートフォトから、ニュー・トポグラフィクス、そしてベッヒャー派へ。「何を撮るか」ではなく「構造をどう抽出するか」という客観的視線の系譜。
Andreas Gursky, Thomas Struth, Lewis Baltz, Bernd & Hilla Becher, Thomas Demand, Hiroshi Sugimoto, Naoya Hatakeyama, Luigi Ghirri, Stephen Shore
Gritography
衝動とざらつきの写真美学
都市の雑踏やノイズを即興的に写し取り、街の呼吸や衝動を記録する。
粗粒子、ブレ、ハイコントラストなど、画像の「荒れ」や「ノイズ」を感情の痕跡として肯定する表現。
PROVOKE → STREET SNAP → ZINE CULTURE
『PROVOKE』のアレ・ブレ・ボケ、ウィリアム・クラインらの即興的スナップ、そしてZINE文化。既成の美学を否定し、衝動と粒子のざらつきを「感情の痕跡」として肯定する流れ。
Robert Frank, William Klein, Daido Moriyama, Takuma Nakahira, Nan Goldin, Anders Petersen, Bruce Gilden
Luminism
光と記憶の詩学
光そのものを“詩”として見る視点。
淡い色彩、柔らかな階調、逆光などを通じて、日常の風景を「記憶」や「気配」へと変換する静謐なアプローチ。
PICTORIALISM → NEW COLOR → JAPANESE QUIETNESS
ピクトリアリズムの「気配」の描写、ニューカラー派による「日常の光」の再発見、そして日本の静謐系へ。光を照明ではなく、記憶や空気感を定着させる「詩的装置」として扱う系譜。
Saul Leiter, William Eggleston, Rinko Kawauchi, Stephen Shore, Todd Hido, Michael Kenna
Chromavision
色彩の衝動とポップの系譜
色彩(Chroma)そのものを主役に据えた表現。
人工光や高彩度、演出的な配色を用い、現実をポップで鮮烈な「視覚体験」へと作り変える。
COLOR REVOLUTION → NEW COLOR → COMMERCIAL POP → DIGITAL RAINBOW
コダクロームによる色彩の解放、ニューカラーによる日常の異化、広告写真の演出、そしてデジタル現像へ。現実の記録から、色彩による「視覚体験の設計」へと至る道筋。
Guy Bourdin, David LaChapelle, Mika Ninagawa, Martin Parr, Miles Aldridge, William Eggleston, Helmut Newton, Juno Calypso
Synthesia
未来と錯綜する写真美学
デジタル合成、3DCG、AI生成技術などを駆使し、写真の構造そのものを再定義する試み。
「撮る」ことから「生成・演算する」ことへ、写真の概念を拡張する。
CONCEPTUAL ART → MACHINE VISION → GENERATIVE AI
コンセプチュアル・アート、トレヴァー・パグレンらの監視・機械視覚、そして生成AIへ。物理的な「撮影」から、データとアルゴリズムによる「視覚の演算・構築」への転換。
Andreas Gursky, Thomas Ruff, Refik Anadol, Trevor Paglen, Jean-François Rauzier, Daisuke Yokota
Mythography
物語と寓話の静止画演出
セットアップ(演出)や舞台的照明を用い、写真の中に物語(Myth)や寓話を構築する。
一枚の静止画の中に、映画や演劇のような濃密なナラティブを封じ込める。
STAGED PHOTOGRAPHY → CINEMATIC NARRATIVE → FASHION
ジュリア・マーガレット・キャメロンの寓話的演出から、シンディ・シャーマンらのステージド・フォト、そして映画的演出へ。写真を「物語を語るための舞台」として扱う演劇的系譜。
Gregory Crewdson, Jeff Wall, Cindy Sherman, Tim Walker, Philip-Lorca diCorcia, Yasumasa Morimura
Distortivism
写真の枠を壊す表現たち
写真メディアの制度や構造そのものを批評・破壊するアプローチ。
グリッチ、破壊、盗用(アプロプリエーション)などを通じ、既存の「写真らしさ」を解体する。
DADA/SURREALISM → GLITCH ART → SYSTEM CRITIQUE
ダダのコラージュ、シュルレアリスムの視覚実験、そしてグリッチ・アートへ。写真メディアの限界や制度(正しさ)を破壊し、エラーや逸脱そのものを美学に変える批評的系譜。
Thomas Ruff, Joan Fontcuberta, Walead Beshty, Penelope Umbrico, John Heartfield, Richard Mosse
Book
写真ジャンル論(Photo Genre Theory)ロックやジャズのように──
ジャンルが写真文化を駆動させる。
「最近どんな映画観た?」「どんな音楽聴いてる?」──日常の会話でよく交わされるやり取りです。
しかし「好きな写真集は?」「最近どんな写真展を見た?」という会話を耳にすることは、ほとんどありません。
なぜ写真だけが“語られない”のでしょうか。
本書は、その問いを出発点にしています。写真は、撮る文化は広がっても「見る文化」が育っていません。
その背景には二つの大きな構造的要因があります。
1. 写真には「ジャンルの地図」が存在してこなかったこと。
2. 私的な記録と商業的な撮影の間で「鑑賞される写真」の位置づけが曖昧だったこと。
そこで著者は、音楽ジャンルや美術史に学びながら、写真に新たな分類体系──EPT(Expressive Photography Taxonomy)を与えました。
TABLE OF CONTENTS
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- Prologue|なぜ「ジャンル」で語るのか?
- 第1章|写真にジャンルが育たない理由
- 第2章|ジャンルはどう生まれるのか?
- 第3章|ジャンルという概念を再構築する
- 第4章|写真ジャンル地図の構築
- 第5章|Neo-Form──構造美と静謐のフォーマット
- 第6章|Gritography──衝動とざらつきの写真美学
- 第7章|Luminism──光と記憶の詩学
- 第8章|Chromavision──色彩の衝動とポップの系譜
- 第9章|Synthesia──未来と錯綜する写真美学
- 第10章|Mythography──物語と寓話の静止画演出
- 第11章|Distortivism──写真の枠を壊す表現たち
- 第12章|ジャンル批評の技法と自己批評
- 第13章|ジャンル以後の地図を描く
- 巻末|ジャンル別代表作家一覧
本書は、写真を語り合うための新しい道具であり、同時に“写真を聴く/読む”ように楽しむための文化的地図帳です。